2021年3月に経済産業省より「大企業xスタートアップのM&Aに関する調査報告書(バリュエーションに対する考え方及びIRのあり方について)」という報告書が公表されましたので紹介します。
当ブログでは簡単な概要のご紹介にとどめておりますので、詳細な内容を確認したい方は、以下のリンクより元資料をご確認ください。
報告書の目的
当報告書では、日本のスタートアップ企業を対象としたM&Aの割合がアメリカと比較して極めて少ない要因として以下の5つを挙げており、この中でも「4. 買収企業とスタートアップの間でバリュエーションが合意に至らない」「5. のれんの減損が発生すること及び投資家からのネガティブな評価を懸念する」という2点を深堀して調査しています。
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M&Aよりも自社単独での研究開発を優先する。
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株主から短期的な利益を求められるため、M&Aのような中長期的な投資が選択肢に入りにくい
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スタートアップに対するM&Aの成功率が10割でないといけないと考える傾向にある。
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買収企業とスタートアップの間でバリュエーションが合意に至らない。
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のれんの減損が発生すること及び投資家からのネガティブな評価を懸念する。
買収企業と対象会社(スタートアップ)の間でバリュエーションが合意に至らない
スタートアップ企業は通常高成長の事業計画を作成しています。
スタートアップ企業は当然その達成に自信を持っていると思いますが、買収企業はその蓋然性(達成可能性)に信頼を持てないケースが多くあります。
報告書では、これら事業計画の見通しの差異を埋めるための対応策として、スタートアップ企業の経営チーム、テクノロジー、データベースなどの「非財務情報」について両者で適切に把握し、認識のすり合わせを行うことを提案しています。
その他、事業会社がスタートアップ企業にM&Aを行う際には何らかのシナジーを期待していることが通常だと思いますので、シナジーについても定量的に試算をし、バリュエーションへ反映することを提案しています。もちろんシナジーのすべてをバリュエーションに反映させるわけではないと留意しています。
さらにそれでも事業計画上の差異を埋められないケースも想定され、その場合にはアーンアウトの導入や、買収対価として株式対価を選択することも提案しています。
M&Aに関するIRのあり方
スタートアップ企業を対象としたM&Aにおいては、非財務情報やシナジー効果が財務情報に表れるまでに時間がかかる傾向にあること。通常、買収金額のうちの大部分がのれんなどの無形資産に計上されることが多く、減損リスクが高くなることが特徴として挙げられています。
そして、これらを投資家に理解してもらうために、M&Aに関する積極的な開示(IR)を行うことを提案しています。
M&Aに関するIRを「投資戦略策定時」「M&A実行時」「M&A後のモニタリング」の3つの時点に区分し、それぞれの情報開示の狙いや目的を説明しています。
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投資戦略策定時:
投資家がM&A実行時の合理性・M&A後の成果を評価するための前提条件を把握できる。
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M&A実行時:
投資家が成長戦略に従ったM&Aが実行されているかどうかを理解できる。 -
M&A後のモニタリング:
買収企業がM&A実行後のスタートアップの売上高、利益、のれんの減損リスクなどの情報を積極的に開示することで、投資家がM&Aの成果をより理解できる。
さらにそれぞれの時点に関する優れた開示事例の掲載もされていますので、実務で参考になる箇所もあるのではないでしょうか。
なお、減損損失が発生した場合にM&A時の計画、実績数値の比較等を行っている開示例のページ(P78)もあるのですが、こちらは架空の事例でした。これに類似した形で具体的な数値まで用いて計画vs実績比較を行っている開示事例が実際に存在するのかどうかわかりませんが、確かにここまでの開示があれば、投資家の理解は進むと思います。