PPAとは?
PPAは取得原価の配分ですが、より具体的には、「M&Aによる取得原価を法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産を分離して識別する」という会計手続のことです。「企業結合に関する会計基準」第29項により、PPAを実施するべき旨が定められています。
そのため、上場企業がM&Aを行う場合には原則としてPPAを行う必要があります。
ただし金額的重要性がない場合、PPAを実施しても無形資産が識別されないことが明らかな場合などには、PPAを省略することもあります。
PPAの会計処理
各種会計基準により文言等の差異はあるように感じますが、無形資産は、「法律上の権利」「分離して譲渡可能である」という2つの視点から識別を検討します。
- 法律上の権利・・・特許権、商標権、実用新案権、意匠権など
- 分離して譲渡可能なもの・・・顧客関係資産、ソフトウェア、技術など
識別された無形資産は、その無形資産の効果が発現する期間で定期償却する必要があります。顧客関係資産を識別し5年償却するなど、結果としてのれんの償却年数と一致することもあります。
PPA実施後、無形資産を識別しそれでも取得原価と対象企業の純資産に差額がある場合に、のれんが計上されます。人的資産は無形資産には含まれず、のれんとして評価されます。
無形資産の評価方法
無形資産の評価方法は、下記の3種類あります。
- インカムアプローチ
- マーケットアプローチ
- コストアプローチ
無形資産はマーケットで取引されることは稀であるため、「2.マーケットアプローチ」が使えるケースは限定的です。実務上、「1.インカムアプローチ」または「3.コストアプローチ」を使って無形資産を評価することが一般的です。
計算方法自体に関しては具体的な方法は定められておらず、無形資産の種類、経済実態をもとに個別具体的に計算していく必要があります。
計算方法例(1)顧客関連資産
顧客関連資産とは、顧客との契約、契約がないものの継続取引があるような関係性、顧客リストの総称です。
長年付き合いのある顧客が多数存在する場合などに顧客関連資産の識別を行います。M&A時に顧客資産があることで将来も継続して売上が発生するという考え方のもと、インカムアプローチにより計算する方法が一般的です。
簡単な数字例をもって顧客関連資産を計算してみましょう。
現時点の売上を1億円、既存顧客の減少率を10%、既存顧客の売上成長率を5%と仮定します。
買収後1年後~5年後の売上は下記のとおり計算されます。
1年後:1億円×(1-10%+5%)=9,500万円
2年後:9,500万円×(1-10%+5%)=9,025万円
3年後:9,025万円×(1-10%+5%)=8,574万円
以後、同様に将来の売上を計算することができます。あとは通常のDCF法と類似した手順で、既存顧客に帰属する将来キャッシュフローの割引現在価値計算を行うことで顧客関連資産を評価します。
なお、実務では、新規顧客獲得費用・キャピタルチャージ・節税効果など無形資産の価値計算特有の計算要素なども考慮します。
既存顧客の減少率は、対象会社の過去数年間の実績に基づいて推計する事例が多いと思います。財務デューデリジェンスの時点で詳細な顧客別売上分析を行っていない場合には、別途対象会社からデータを入手し分析することが必要です。
計算方法例(2)人的資産
人的資産はのれんに含まれますが、対象会社が有する重要な無形資産の一つに該当します。
無形資産の評価方法の一つである超過収益法(インカムアプローチ)では、人的資産の公正価値を計算要素として使用します。人的資産はタレント事務所など一人ひとりが生み出す売上高から計算するようなケースを除くと、コストアプローチにより計算する方法が一般的です。
コストアプローチを使うと、以下のように人的資産の公正価値を計算することができます。
- 役職別一人当たり再調達コスト=採用コスト+面接等コスト+研修教育コスト
- 人的資産=役職別一人当たり再調達コスト×人数
一般従業員の採用コストを200万円、面接等コストを50万円、研修教育コストを50万円とすると、再調達コストは300万円(200万円+50万円+50万円)となります。一般従業員数が50人であれば、人的資産は1億5,000万円(300万円×50人)と計算することができます。
PPA実施時の留意点
PPAを実施する際、下記の3点は注意しておく必要があります。
(1)無形資産は取得比率に関わらず100%分がBS計上される
買収時の取得比率によってのれん計上額は増減します。取得比率50.1%の時と100%の時を比べるとのれん計上額は2倍の差が生じます。
他方で無形資産の場合、取得比率による変動はなく100%連結した際の評価額で連結貸借対照表に計上されます。取得比率50.1%など取得比率が低い際にはのれん計上額と比べて、無形資産は100%分計上されるため、償却費など将来の財務への影響に注意を払う必要があります。
(2)企業結合日後、1年以内にPPAを実施する必要がある
PPAは企業結合日(=連結開始日)から1年以内に実施しなければなりません。1年以内という制限はあるものの、企業結合日が帰属する四半期の1~2四半期先の連結決算などでPPAが完了していることが理想的です。
ただし、M&A実施直後はPMIなどの諸手続きもあることから実際は、もう少し先になることが実務上は多いと感じています。
財務税務デューデリジェンス、法務デューデリジェンス、バリュエーションなどM&A実施前に実施すべきことは数多くありますが、PPAの存在も忘れないようにしましょう。多額の無形資産の計上が見込まれる案件の場合、プレPPAと呼ばれる予備的な無形資産調査・試算を実施することもあります。
(3)専門家から支援を得る必要がある
PPAは対象会社のビジネスと強みを理解し、評価すべき無形資産を識別し、それぞれの無形資産ごとに計算していきます。
参考となる書籍等はありますが、基準上明確な計算ルールやプロセスは定められていません。思いの外簡単に計算できるものではありません。そのため、PPAはPPAの実務経験がある・得意とする専門家に相談・依頼することが一般的です。
また、無形資産の算定結果や算定過程は、会計監査人のレビューを受けることが多いのですが、監査法人内のPPAの専門家が主としてレビューを担当します。
まとめ
PPA(Purchase Price Allocation)は、買収の取得原価を配分するプロセスを意味しており、企業結合日後1年以内に実施しなければなりません。
無形資産の種類、特性ごとにそれぞれ適切な評価方法を選択し評価していくことが求められます。
対象会社のビジネス、会計税務、バリュエーション、M&Aなど深い知見を持った専門家からPPAのレポートを得る必要があります。