ネットデット調整

ネットデットとネットデット調整の概要

ネットデット(純有利子負債)とは、借入金や社債等の有利子負債から、現金及び現金同等物を差し引いて算出される項目です。

M&Aの企業価値評価時においては、株式価値を算出する過程で企業価値から減算調整される項目であり、価値評価における重要項目の1つです。

ただし、価値評価や財務DDにおける実務では、ネットデットの算出を、企業の事業内容やBS計上内容に応じて、BSに単純に計上されている有利子負債と現金同等物だけではなく、デット(キャッシュ)ライクアイテムと呼ばれるデット/キャッシュ類似項目をネットデットの算出対象に加えることになります。

本項では、ネットデットの理解の一助となるよう、ネットデットと企業価値との関係性やネットデット調整内容を紹介いたします。

ネットデットの概要とネットデット調整の必要性

ネットデットは文字通り、「有利子負債等から返済可能な資金を控除した正味の債務」を意味します。すなわち、債務の方が大きいとネットデット、現預金の方が大きいとネットキャッシュとなります。

有利子負債等は、借入金、社債、リース債務等の金融負債が一般的ですが、企業価値評価や財務DDの過程では、以下の項目をデット(キャッシュ)ライクアイテムとして加減算調整します。

  • デット項目:退職給付債務、必要最低現預金、未払法人税等 等
  • キャッシュ項目:投資有価証券、保険解約返戻金、遊休資産 等

この調整が行われることにより、BS上の現金同等物と有利子負債だけでは分からない、会社が本来負っている債務を明確にすることができ、適切な企業価値評価につながります。

ネットデット調整の種類

ネットデット調整(デット/キャッシュライクアイテム)の事例を取り上げてみます。ネットデット調整により、企業の実態としての正味の債務を測ることに繋がります。

なお、以下の各項目は、EBITDAや運転資本等の他項目で既に価値算定に織込済の場合にはネットデット調整の対象外とする場合もあります。また、M&A案件によっては調整自体が行われない場合もありますので、実務上の判断は個々の案件ベースで行っていただきますよう、ご了承ください。

例1:退職給付債務

退職給付債務は、従業員の過去の労働の対価として発生している未払労働債務であり、売り手の負担すべき債務としてネットデットに加算する調整を行う場合があります。

例2:必要最低現預金

事業運営上、最低限保持しておく必要がある現預金残高については、余剰資金として扱ったり、有利子負債の返済に回すことができないため、理論上は現金及び現金同等物から控除する必要があります。

例3:未払法人税等

クロージングまでの期間の損益に対応する未払法人税は、売り手に帰属する債務と考えられるため、ネットデットに加算する調整を行う場合があります。

例4:保険解約返戻金

売り手が中小企業の場合、役員を対象にした解約返戻金付きの生命保険に加入している場合があります。当該解約返戻金は直接事業とは関係なく、解約により一定金額を現金化することが可能であるため、キャッシュライクアイテムとして、ネットデットから減算する調整を行う場合があります。

例5:投資有価証券

保有する投資有価証券の内、売却することに事業上の制約がない銘柄についてはキャッシュライクアイテムとして、ネットデットを減算する調整を行う場合があります。

事業上の制約とは、例えば取引関係維持のために株式を持ち合っている、あるいは購入している場合等もあり、取引関係維持の観点から売却することが難しい場合です。この場合には、キャッシュライクアイテムとしての調整を行わないという判断もありえます。

まとめ

ネットデット調整は、対象企業が実態として抱える債務の把握を行うことで、適切な企業価値評価に寄与します。

算出にあたっては、企業価値評価(主には事業価値)との関係性を正しく理解した上で、EBITDA・運転資本といった他の項目との整合性を図りながら進める必要があり、難易度が高いことも事実であり、必要に応じてM&Aや財務分析の経験豊富な専門家による対応が望まれます。

また、評価対象会社によっては非常に多額のネットデット調整を要する事例もあり、株式価値に大きな影響を与えることもあります。二重計上や加減算の漏れが無いように十分注意する必要があります。

本項が皆様のネットデット調整に関する理解に少しでもお役に立てば幸いです。